食育という言葉
2012年も、既に1ヶ月が経過しようとしています。
厳しい幕開けは、何れの業種も業態も同一のことだと思いますが、勝てる市場が狭まっている昨今、ますます気を引き締めていかなければならないと、肝に銘じています。
さて、以前にもお話した通り、神楽坂は小生の地元です。神楽坂で「クリームパンで有名なパン屋」といえば、思い起こす方も多いかと思いますが、今回は、そこのパン屋さんが経営されているレストランの話をしようと書き始めました。
路地から1階上がる中2階に位置し、平面マーケットの神楽坂では不利な立地のせいか、場所がわかりにくいのか、「クリームパン」の名声の甲斐なく、どちらかと言うと、いつも混んでいる様子ではないのです。
小生は、この店の懐かしい洋食メニューの数々、ハンバーグやビーフカツレツなどが気に入って、足を運んでいます。この近所の洋食屋は、幼少の頃の食卓を思い出させます。ちゃんと、まじめに取り組んでいらっしゃるのに、なくなってはしまわないかと心配になるほどです。
皆が、1000円超のハンバーグに価値感を覚えないのか?
200円台の牛丼も、コンビニ弁当も否定はしませんが、「食育」という言葉はどこに行ってしまったのでしょう?
食育基本法の中の言葉を借りれば、
『子どもの食育は、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるほか、子どもの頃に身に付いた食習慣を大人になって改めることが困難であることからも、きわめて重要なことです。』とあります。
小生の幼少時代は、逆に「食育」なんて、言葉は取り立ててなかったのです。どこの家庭でも、ごく普通に食事そのものが食育だったからです。時代が変わり、家庭での食育が普通に行われなくなってきた背景があり、「食育」という言葉や食育基本法が定義され、制定されたのに、更に今、死語化していっている気さえします。
バラエティ番組で、街中でお題を与えて調理をしてもらうという企画を見ると、よく、とんでもない調理光景を目にします。「ええええーーー?」
魚の見分けもさることながら、「アジフライを作る」のに、下ろしもせずに丸ごとのアジに衣を付けて揚げているのを見て、思わず笑いますが、実は「笑えない」と思ってます。
例えば、それほど敷居の高くないレストランで、ふっくらと出来たてのハンバーグを食べながら、ハンバーグの作り方を教えたり、デミグラソースの味を覚えたり、家族との食事というコミュニケーションの中で、食への興味が高まり健全な心も形成されていくのであって、そういうことができていないのでないかと思うのです。
食育は法律の中ではなく、家族と囲む食卓にあるのでは? ただただ、お腹を満たすものではなく、子供のころに「食」への興味をはぐくんでやってほしいと思います。
(機会があったら、小生のお気に入りの洋食屋へも、足を運んでみてください。)
よしもとたかひこ
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